ちびすけブログ

メガネで白衣で美幼女とか呼ばれたりする指揮官でウマ娘とポケモンのトレーナーでオーナーブリーダーでエンパイアクラブに所属するメイドのブログです。

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 "叩いて構わない奴はとことん叩く"空気と、いじめの共通点 - シロクマの屑籠

久々に長い日記
自分は「仕事のできない奴に嫌がらせして辞めさせた」とか「オウム信者が引っ越してきたので住民一丸となって追い出した」という話を聞く度にちょっと引っかかりを覚えていた人間です。
これを読んで、「自分と同じ考え方の人はいるんだな」と思った次第なのです。
何ていうか、自分の言いたいことを上手くまとめて代弁してもらっている感じ・・・ですかね。

「バッシングされる大義名分を背負った人間は、法的責任を追及されるだけでなく、罵倒しても構わないし、土下座させても構わない」というのが、どうやら21世紀のオトナ世界のコンセンサスらしいのだ。無慈悲であり、不寛容であり、あまり上品でもない不文律だが、とにかく、オトナの世界はそんな風に回っている。

個人的にはこの不文律は「この国では「責任」の取り方が厳しい*1こと」的な所から来ているのではないかと思います。
あと、被害者感情等々のぶつけ先として、「責任者」が攻撃対象になることが当たり前であること・・・がある気がします。
ともかく、自分から見ていて、この国の責任の取り方は厳しすぎる気がするのです。しかも、あまりに感情的で、非合理的だと感じます。

・叩いてOKと公認された相手は、罵倒しても土下座させても構わない。
・警察が介入しない範囲なら、過失・落度のあった者をリンチして構わない。
・いったん悪者認定された相手に慈悲をかける必要は無い。
・叩かれた相手が後でうつ病になるかどうかなんて考える必要は無い。

特に、相手が「悪いことをした」「空気の読めない」「イタい」人である場合には、それらすべてが「自業自得」「自己責任」で済ませられてしまう。
それって、実はすごく危険なんです。なんですけど、大半の人がそれに気が付いてないんじゃないかなって思います。
「相手が悪い・空気の読めない・イタい奴なら何をしてもいい」というのは、法治国家としても、倫理・道徳的にも、凄く危険な思想であることは疑いようのない事実であると思います。
そして「悪い奴は絶対に許してはならない」とか「自分たちのコミュニティの安定を損なう人間は排除しなければならない」とかいうことになり、それを実践しようとすると、それはいじめになるのです。

いじめを減らすための長期戦略のひとつとして、オトナ達の規範意識・倫理感覚・身振りを変えていくことが重要に思えてくる。“バッシングして構わない過失や落度のある相手なら、どれだけ叩いても構わない”という社会的コンセンサスをなくすか、せめて緩和する必要があるのではないか。

だから、オトナ達が子どもに向かって口で注意する前に、まず、オトナ達自身が、慈悲深い身振りを実践してみせる必要がある。そして落ち度や迷惑のあった相手をバッシングしすぎないよう、心がける必要がある。長い目で見れば、これが一番有効なのではないか。

だから、これが重要なんだと思うのです。
もっと許せる心があれば、穏便に解決できれば、ハッキリ言って誰も傷つかずに済むと思うのです。はい。
まぁ、悪いことをした連中を「大義名分」を担ぎ出して集中攻撃して、それでストレス解消やうっぷん晴らしをする連中や、変な奴を叩くことが話題作りの1つになっている連中もいるので、それだけで問題解決が出来るとは思えませんけどね・・・

7月13日追記

ちょっと考えていて、この問題はネットに限ったことなのかな・・・と思ったりしました。
例えば

  • 使えない同僚に嫌がらせをして辞めさせた
  • 空気を読まない社宅の新入りの奥さんを苛めて追い出した
  • 担任の教育がイマイチなので学校や教育委員会に圧力をかけて他校へ異動させた
  • サークルに新しく入ってきた奴が空気の読めない奴だったので追い出した

何ていうのは、当たり前のように、そして武勇伝の様に話す人間すらいます。
それが常識となっている社会の子供たちですから、ネット関係なしにそういった「叩いて構わない奴はとことん叩く」という行為は浸透してしまっているのではないか・・・という気がするのです。はい。

*1:ハラキリ文化のせいかもしれません